ヨガジェネRYT200のメイン講師:中島正明ヒストリーVol.1

中島正明先生が笑顔でお話している様子

高校卒業して、アメリカに行ったんだよね。当時アメリカはパワーヨガの全盛期だったんだけど、「体を鍛える上ですごいいいのがあるよ!」って言われてやったのがヨガ。次の日階段下りられないくらいの筋肉痛になって。「すごい!」ってなったのが、22歳くらいのとき。それがヨガとの出会いなんだ

そう話してくれたのは、ヨガジェネレーションで最も歴史の古い、RYT200通称「ジェネT」のメイン講師、中島正明先生。

今日は、その中島正明先生のストーリーをお聞きするインタビューが実現!卒業生も知られざるマサ先生の幼いころから、今に至るまでのお話を聞くことができましたのでお楽しみください!

自己否定が強く、哲学的意識を持ち始めた子供時代

ヨガジェネのRYT200の中で最も歴史あるトレーニングのメイン講師、中島正明先生
ヨガジェネのRYT200の中で最も歴史あるトレーニングのメイン講師、中島正明先生
ヨガジェネレーションスタッフ

今日はよろしくお願いします!さっそくですが、マサさんの子供時代ってどんな子だったんですか?

中島正明インタビュー

そうだね。子供のときから、今から思うと、不思議な子だったね。例えば、何かあったときに「なんでこれってこうなんだろう?(ブロックを指差し)これがこうあるのは、何かがこうさせてるに違いない」って思う子だったの。

ヨガジェネレーションスタッフ

つまり、どういうことですか?(笑)

中島正明インタビュー

例えばこのブロックはなぜバラバラにならずにこうやって1つでいられるんだろうとかさ。あと、この世界は俺を試すために作られた仮想現実で、どこかで誰かが見ているんじゃないか、必要なくなったら砂かけられるんじゃないかとかね。

ヨガジェネレーションスタッフ

あははは(笑)すごい子!

中島正明インタビュー

覚えているのが、黄色い三角形があってね、友達と2人で、「この三角形、おまえが見てる三角形と俺が見ている三角形とは絶対違うから!」っていう話をしてたの。だって見てる目が違うし、可視光線だって違うわけじゃない?「同じ色を見ているつもりでも絶対、そのおまえが見ている黄色と俺が見ている黄色って絶対違うからな!」ってそういうことを主張する子だった。変な子じゃん?

ヨガジェネレーションスタッフ

だいぶ変ですね。賢いけど(笑)

中島正明インタビュー

あとね、2を永遠にかけ続けるの。1億くらいになるまで。

ヨガジェネレーションスタッフ

えー(笑)

中島正明インタビュー

そんなことばっかりしてた。結局ね、いつもその根底にあるのって、自分の存在への問題意識なんだと思う。

ヨガジェネレーションスタッフ

それ小学生ですよね?すごい子供ですねぇ…

中島正明インタビュー

そう言うと聞こえがいいんだけど、単純に自己否定が強かったのよ。うちって、何代も続く家でね。家が古いんだよね。実家の近くは新興住宅地できれいな家が多かったんだけど。変な考えを持っていて、きれいな家に住んでいる人は優れている、古い家に住んでいる自分はそうじゃない、ってね。

ヨガジェネレーションスタッフ

え、そんな家、逆にすごいのに!

中島正明インタビュー

でも、古いのは優れていないって思いこんでいたから、なんで自分はこの家に生まれたんだろう。なんで、友達はあの家に生まれたんだろう。なんで、自分は自分に生まれたのかっていうのをもう本気で考えてたね。だから、哲学的思考になっていったんだろうね。

ヨガジェネレーションスタッフ

いやーすごいですね。

中島正明インタビュー

小学校のときに、忘れもしないんだけど、テレビでスラム街の特集がやっててね。子供がたくさん死んでいってる様子を見たときに、「人間って月に行ったりできるほど賢いはずなのに、なんでこんなに人が死んでいる現状があるんだろう」って思ってね。「ここに物はあるんだから、集めて送ればいいじゃん。」って思ったの。端的な考えだけど。その頃から、「どうして人間は、賢いはずなのに、こんな不幸な現実が起こるんだろう。」って考えていて。自分と照らし合わせていたんだろうね。

ヨガジェネレーションスタッフ

めちゃくちゃ、頭良い子じゃないですか。

中島正明インタビュー

いやいや、まぁそんな感じだったから、学校行っても、いじめっ子が許せなくて。いじめられてる子にも親がいるわけじゃん。いじめてるのが超許せなくて、その子と喧嘩してみたりね。

人と違うことをしたい。人生を決めた中学の学習塾

ホワイトボードの前で講義を行う、中島正明先生
中島正明先生は、なぜヨガは効果があるのか、科学的に説明してくれる。
ヨガジェネレーションスタッフ

マサさんって、クラスの中ではどういうタイプの子供だったんですか?

中島正明インタビュー

友達はいるけど、あんまり群れるっていうことはしなかったかなあ。学校で、ラジコンとか流行るじゃん?でも、流行らせたら辞める、みたいなね。

ヨガジェネレーションスタッフ

いましたね、そういう子!みんなと一緒のことはしたくないんですよね。

中島正明インタビュー

そう!したくない!当時スーパーファミコンとか流行ってたんだけど、僕はセガのメガドライブっていう違うやつやったりして。

ヨガジェネレーションスタッフ

そういうのちょっとかっこいいですよね。日本人って皆大体同じことしたがるじゃないですか。

中島正明インタビュー

僕それがなかったんだよ。他の人と同じことしたくなかったね。でもそれって、たぶんそういうことやって、自分の方が優れてるっていう風に思いたかったんだと思う。って今は理解してる。そんなこんなで、中学にいくんだけど、中学の頃の塾の先生が面白くて。

ヨガジェネレーションスタッフ

どんな風に?

中島正明インタビュー

英語教えないんだよね。僕の幼馴染のお父さんなんだけど、自転車で世界一周した人なの。一眼レフで写真撮って回っていた人なんだけど、授業中に10分か15分くらい英語の授業したら、残りの時間はあちこち行った頃のストーリーを話してくれるの。「あの国のおばちゃんが作ってくれたスープがおいしくって」とかそういう話。当時の僕は、「何それ!英語ができたらそんな経験ができるんだ!」って気づいて。そこから、英語だけはずっと成績トップだったの。

ヨガジェネレーションスタッフ

すごい!

部活一色の高校時代。高校卒業後、驚きの行動に!

中島正明先生が瞑想をしている様子

中島正明インタビュー

そこから高校生は、もう部活一色だったね。

ヨガジェネレーションスタッフ

陸上部でしたよね?なんの種目されていたんですか?

中島正明インタビュー

やり投げ。

ヨガジェネレーションスタッフ

意外!

中島正明インタビュー

やり投げと同時に長距離もやってたの。

ヨガジェネレーションスタッフ

え!?普通、同時になら短距離じゃないですか?

中島正明インタビュー

そう、普通はスプリンターだよね。でも、当時の陸上部のキャプテンが怪我したの。それで、代役をとりあえず皆で走って決めるってなったんですよ。そしたら1位になっちゃって。それで走ることになったんだけどね。

ヨガジェネレーションスタッフ

さすが。じゃあ、持久力あったんですね。

中島正明インタビュー

あったね。当時19キロを59分で走ってたから。それってオリンピック並みの速さだから。

ヨガジェネレーションスタッフ

ずっとやってればよかったのに!

中島正明インタビュー

やってたら今、ここにいないから(笑)で、高校卒業して、英語の推薦で大学に入るんだけど、でも、社会をなめ始めるんだよね、そんな若者。大学入って1週間でやめちゃったの。

次回は大学中退後からヨガ講師になるまでをインタビュー

「何それ!?気になる!」と続きが気になった方も多いはず(笑)聞いていた私も驚きました。せっかく入った大学をたった1週間で自主退学するなんて…!でも、皆さんは自分はどんな子供でしたか?どんなことを考えて、どんな友人がいて、当時は何を感じていたのでしょうか?

家にいる時間が長いからこそ、自分の過去や今、これからを考える時間も持てますよね。ゆっくりと自分自身と向き合ってみる良い時間になるのではないでしょうか。

全ての過去の積み重ねで今がある。

まさ先生がヨガ講師として活躍されている今があるのも、こんな学生時代があったからこそ。次回は気になる大学中退後、マサ先生がどんな人生を歩み今に至るのかをお話頂きますので、皆さんお楽しみに!

Vol.2はこちら

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